「思い出になった僕らを思い出して」










もうこのブログオタクメモになりつつある。連携してる意味あるのか?

最初はオタクとアイドル考察みたいなこと書いてたんですが、いま論じたいネタもないんですよね。本人達に会う日が本当に差し迫っているから冷静に考えられないというのもありますが。




さて、今日もオタクの話をします。
通常は日常で感じることとか、その日あったことを書くのがブログだと思うんですが、悲しいかな愚かなオタクなのでオタクのことしか考えてませんしオタクのことしか印象に残らないです。寂しくて空虚な人生ですね。でも楽しいです。



前のエントリーに書いたように先日本国でのコンサートがあったのですが、推しの所属するボーカルチームが何曲か新曲を披露したんです。推しは親友と曲を書いて歌ったし(最高)、ソロがある子もいたし、新しい魅力と才能の開花を見せてくれるようなステージでした。

その中で1曲、ボーカルチーム5人全員で歌う新曲がありました。「We gonna make it shine」という曲です。



しかしこれは実は新曲という訳ではなく、デビュー前、練習生時代の彼らが歌っていた曲で、唯一Youtubeにもアップロードされている曲なんですね。


(と言っても実はわたしの推しは練習生に加入したのが他のメンバーより遅かったせいでボーカルもダンスもまだ追いつけていないのもあったのか、その時点でこの曲を歌っておらずボーカルチームにも所属していなかったのでこの動画には参加していませんし、たぶん歌ったこともないとは思いますが…)





じゃあなぜ新曲扱いになるかというと、歌詞がほぼ変わっていたからです。

この歌は、練習生だった彼らがはじめてレコーディングした曲でした。デビューしていない立場の彼らにとってはそういう機会というもの自体稀有なものだったと思いますし、非常に思い出深い曲なんだと思います。


そして、彼らがデビューしてからは1度も歌われることのなかった曲でもありました。



理由はわかりませんが、アイドルがデビューして数年はやはり未来だけを見てまっすぐ走る必要があるからだと思います。過去に思いを馳せるのは今をしっかり生きられてから、ということなのでしょうか。




「新人アイドル」の肩書きはつい先日なくなりました。それは同時に新人らしいフレッシュさ、清純さだけで推すことができなくなったことを意味します。


しかしそれによって「新人アイドルだったころの自分たち」が生まれ、その対比によって彼らの輝きを際立たせることも可能になりました。がむしゃらに前だけを見て走ってきた彼らが、はじめて後ろを振り返ることができる時が来たのかもしれません。



それを証明しているのは、変更された歌詞です。


練習生時代では、

「この歌が聞かせる僕達が誰なのか知りたい?1度も会ったことのない僕達が誰なのか知りたい?」
「少しだけ待っていて 格好いい僕らを見せるから」
「僕の声が聞こえる 誰も聞いてくれない歌 前の見えない君と僕のための歌」

といった、それこそ練習生からオタクへの歌のような、彼らの不安と期待が入り交じったような歌詞でした。



一方先日歌ったものでは、

「この歌が聞こえたらあの時の僕らを思い出して 今はもう思い出になった僕らを思い出して」
「これからも永遠に素敵に君を輝かせてあげる」
「僕の声が聞こえる?もう一度歌ってみる歌 隣に君がいる 今は君に歌う歌」

という歌詞で、「We gonna make it shine」を歌った頃の過去の自分と比べるようなものとなりました。

この歌詞の比較だけでもオタクのわたしは泣けてきてしまいます。
これを自信を持って歌えるところまで歩いてきたんだなと改めて思いますね。




また、以前の「We gonna make it shine」で「it」が指すものはきっと彼ら自身の未来だったのだと思います。歌詞に明確にあるわけではないですが、彼らがこれからの旅路と、先の花道を夢見た歌なのではないでしょうか。


一方今回の「We gonna make it shine」で「it」が指すものは「君」です。この歌を聞いている「君」です。これを本当にアイドルからオタクへの歌だとするなら、「君」とはオタクのことです。



必死に前だけを向いて走る昔の彼らが見据えるものは未来ひとつでしたし、そのスピードで周りの景色なんて全然見られないくらいすぐ過ぎ去ってしまったのだと思いますが、今ではすこし余裕が出来、色んなものがその目に、耳に入ってくるようになったのだと思います。


そんな彼らの今の答えが、「永遠に、素敵に君を輝かせてあげる」なのだと思います。

昔を思い出して、と語りかけることでアイドルも昔の自分を描きだし、その姿を見守りながらこの歌を作り、歌ったのではないでしょうか?




例に漏れずこの曲を歌った時のコンサートでのコメントがあるので紹介します。以下翻訳抜粋です。


「元の歌詞が”この歌が聞こえる?僕が誰なのか気になる?”だったとしたら今は”この歌が聞こえる?あの時の僕らを思い出して”。初心を忘れずに、初めてのレコーディングにときめいて眠れなかった夜を思い出そうという気持ちで書きました」


最高。言葉選びが最高すぎるし、その心意気やよしという感じです。自主制作アイドルはこういう形でも気持ちを表現してくれるので本当にいいなと思います。





過去との対比と言いましたが、実際アイドルはもちろん最初からすごく人気があるものではありません。どんなアイドルだってファンは0からのスタートです。

彼らの最初の方の観客の数は30程度でした。そりゃ練習生なんて一般人との距離はさして変わらないですし、報われるかもわからないし、そもそも知名度なんてあったもんじゃないし、その程度のものなんですよね。

しかし観客が徐々に増えていって、小さなコンサートをやる頃には100、そして練習生最後、デビューのかかっているラストミッションでは1000、デビューしてその数は格段に増え、遂には万単位の人間を相手にステージを披露するようになりました。



そこまできて初めて、今までの道を振り返ることができるのがアイドルというものなのかもしれません。

それがこのコンサートであり、その結果が「僕が誰なのか気になる?→あの頃の僕らを思い出して」であり、「前の見えない僕と君のための歌→今度は君に歌う歌」なのだと思います。





しかし2年で過去と比較でき、こんなに自信を持てるほど推しグループは本当に大きくなったのか?というと、答えはYesです。実力もビジュアルも個性も非常に伸びましたし、人気も同様です。



本国では今最も勢いのある男性アイドルグループトップ3を指したEBSという言葉があります。
EはEXO、Bは防弾少年団(BTS)、そしてSはSEVENTEEN(推しグループ)です。正直オタクもびっくりなのですが、そこまで大きいグループとして名を挙げられる存在なんだそうです。

EとB、BとSの間はお互いかなり離れてはいるのですが、ここに並んで名前のあがることは本当にすごいことです。成長したね!レベルの話ではないです。デビューして2年でそこまで登った自主制作アイドルである推しグループ、本当にアイドル業界にしても音楽シーンにしても、非常に稀有な存在だと思います。




そんな存在になっても本当に初心を忘れないでいてくれて、ファンを大事にしてくれる、謙虚で優しく本当にいい子達なので、彼らがどれだけ大きなステージに立ってもきっとあの時のことを忘れはしないし、こういった気持ちをいつまでも大事にするとは思いますし、これからもそういうアイドルであったらいいなあと思います。


いいアイドルを応援できて嬉しいですね。最後にWe gonna make it shineのリンクを貼っておきます。暇すぎてどうしようもなくなったら見てみてください。



自分の、自分による、自分のためのオタク活動








貢ぎ癖があると言われることが多いです。


本当にそんなつもりは無いですし、そもそも貢ぐって言えるほどお金使ってないですし、頭おかしい量のCDを買ったりしませんし、普通のオタクだと思うんですけどね。



確かに機嫌がいいと人にお金あげたがる節はあるんですが、別に大した額のプレゼントをあげた記憶もなければ物販で1回に10万使うみたいな爆買い中国人になった記憶もないです。



前回のコンサートのうちわ、推しを多少複数買いしたんですが(といっても13枚です)、これが結構いろんな人に引っかかるみたいです。

金額にしても1枚600円なので7.800円ですし、13枚なんて四捨五入したら0じゃないですか。普通にトートバッグに入れて持って歩けるくらいなので大した量じゃないと思います。



しかもこれには理由があって、単純に推しのうちわを早く売れさせたかったんですよね。すごく微量ではありますが。

なぜかというと、推しを日本で推してほしいからです。そもそも本国で推されですし(トップクラスに人気があるかと言ったらちょっと微妙なんですが)、とくに心配はしてなかったんですが、運営に「推しが早く売り切れた」というのをアピールしたかったんですよね。

わたしが買ったところで大した効果じゃないのは知っていますが、ないよりあるですし、そういうことをしたという満足感が欲しいかったんだと思います。あと単純に顔がいい推しのうちわがいっぱいあると気分がいいです。



実際推しは日本ウケがとてもいいですし、本人達の間でも「〇〇(推し)は日本で人気がある」という認識は存在しています。

でも売り切れ1番じゃないんですよ。本国の爆買いオタクが先頭でうちわヤバイ量買ってるのが原因なんですが、いつも3-4番なんですね。前回の6日間、ずっとそれくらいの位置でした。


なんかちょっと悔しいじゃないですか。売り切れ順はちょっとしたレース?ダービー?みたいなもんだと思ってるので、推しが早ければ早いほど嬉しいです。同担いっぱいいて欲しいんですよ。人気商売ですし、人気なのは手放しで喜んでいいことじゃないですか?

それにあんなに顔が綺麗で、性格も行動も可愛くて、歌とダンスが素敵な推し、もっといろんな人に知られてほしいんですよね。好きになって欲しいです。オタク特有の推し過信による押し付け。



だからなんとなく日替わりのものを買うために並んだ始発列でいざ物販スタッフの前に立ったら「2番のうちわ8枚ください」とか言ってしまうんですよね。すごく楽しいです。

お金を使う瞬間ほど楽しいこと世の中にないと思いませんか?一番テンションが上がる瞬間は?と問われたら購入ボタンを押す時、と答えます。アドレナリン的な何かがドバドバ出てますね。




前述にて「推されて欲しい」「人気があったら嬉しい」と言いましたが、別に推しのために身を捧げるとかではないです。というか推しのためになにかをすることは、最終的にオタクである自分のためになると思います。


要するに日本で前に出してもらえると推しがたくさん見られてわたしが嬉しいし、キャーキャー言われて嬉しそうにしてる姿が見られたら幸せだなってことです。


あなたの幸せは私の幸せとは言いませんが、幸せそうに笑ってる推しはやっぱり可愛いじゃないですか。

あくまでわたしは自分の最大幸福のために推しに時間とお金を使っているつもりですし、オタク皆そうなんではないでしょうか?



推しとか、他人のためにやると本当に思ってるならそれは趣味じゃなくて半分義務化しているんだと思います。義務で動く現場ほど辛いものはないですし、降りるタイミングってやっぱりそこにあるのかな、と思います。


オタクはあくまで趣味、1日30回唱えて自制したい言葉ですね。



実際自分は貢ぎ癖があるわけではなく、物欲に抗うことを知らないというか、お金で買えるもので欲しいものは全部手に入れてしまうし我慢することが本当にできないんだと思います。

欲に本当に負けるタイプです。「〇〇したい」と思ったら動きますし、「〇〇がほしい」と思ったらネットで即座にポチるか、翌日店舗に行くかしてしまいます。いつの間に「今月お金厳しいから諦めよう」っていうのがなくなってしまったんでしょうか。






さて、ここでオタクがオタクごとにお金払ってる時に言われがちランキング(当社調べ)を発表します。


3位:同じもの2つもいらなくない?
2位:これ日常生活で使えないじゃん
1位:将来後悔するよ


よくある。むしろこれはわたしが親に言われがちランキングなのですが、わりとオタクあるあるなんじゃないでしょうか?



3位については上記の通りですね。
 


2位はそもそもオタクグッズに有用性を求めていないので大丈夫です。
「ポスターとか写真なんてただの紙じゃん」?そうです。しかしみんなの好きな諭吉もただの紙です。そういうことです。印刷されるものによっては紙の価値というのは急激に上がるものです。




そして1位、これはオタクによってだいぶ意見が分かれるところだと思います。


わたしはこの10年ほどのオタク生活で本当にいろんなものにハマり、大した額でないにしろお金を使ってきたわけですが、そのオタクを辞める時に「お金勿体なかったな」と思ったことは、本当に1度もありません。


なぜかというと、お金を使ったその時、とても楽しかったからです。わたしはお金を払って物品や権利を得るだけでなく、それに付随した幸せも得ることができます。



例えば推しのコンサートに行くとすると、チケットの抽選に当たった時点での喜び、そしてそこから始まるコンサートに対する期待、お金を払ってコンサートに行く権利を正式に得た時点の安堵、コンサートの日に味わう多幸感、すべてが1枚のチケットの中に詰め込まれています。あんな薄い紙ペライチですが、オタクにとっては夢の切符となり得るのです。



その幸せな記憶は自分の中に残りますし、その子が好きでなくなったときだって自分の中では大事な楽しい思い出であることは変わりありません。
思い出を反芻する時もあくまでその主観はその時の自分にあり、今の自分にはないからです。



万が一推しを降りる時に、炎上などによる悪い印象を抱えたままだとしてもそれは同じです。こんな人応援しない方が良かったなんて思いません。


某俳優は本当にクソメンヘラにクソみたいな人間性をこれでもかというほど乗せました!みたいな感じで、降りるきっかけとなった時は本当にありえねえなとは思っていたのですが、それでも彼の演技は好きでしたし、仲良くなった友達もいましたし、あの現場に行かなきゃよかったな、そのお金で〇〇ができたな、と思うことはありませんでしたし、これからもないのだと思います。



「あの時」は今とは絶対に交わるものではありません。自らの最大幸福と信じてとった行動を自分で否定したくありませんし、終わりが悪かったとしても今までが全部悪い思い出になるなんて悲しくないですか?



そもそもオタクで後悔したくないんですよね。それは動ける時に動かないのもそうですが、金銭面や時間の使い方に関してもそうです。



だからわたしは、個人的に使ったお金や時間はは無駄にはならないんだと思います。使ってしまったものは戻らないですし、もう使ったものは自分のものではないですからね。



別にこのあり方が正解だとは思いませんし、オタクかくあるべしみたいなのがあったら逆にメチャメチャ教えて欲しいんですが、ストレスフリーがなによりやっぱり大事ですね。









そういえば本当に推しが日本に来てしまいました。今日は大阪でサイン会してました。




前回書いた髪色の話、空港写真では白金に戻っていたのに日本で色入れ直したようで余計綺麗な色になっていました。根元が白金であとうっすい紫。ゆめかわいいの体現者かよ。かわいいです。


サイン会ってサインをして話しつつもオタクが持ってきた様々な被り物を被せられたり(カチューシャが主です)、花束や銃を持たせられたり、オタクの欲望晒しコーナーと化しているのですが、今日ピンクや紫ベースの花冠をオタクに被せられた推し、あまりにゆめかわいくてびっくりしました。ほぼノーメイクなのに。



ぶっちゃけ白金に戻ってることを期待したのですが、祈りが通じたのか今日はピンクのTシャツを着ていたので元気になりました。




茶髪だった時は冬なのもあってアイシャドー赤強め、リップ赤グラデって感じで美人系統だったし(これも最高だった)、新曲の時は白金で2次元オタクが夢見そうな幸薄系統だったし(最高)、今はアイメイクほぼなし、ドピンクリップで可愛い系統で本当に推しを見ていて飽きません。顔がいいって本当にいいですね。顔面のコンテンツ力の高さ、ディズニーランドを凌ぐみたいなところある。




そもそも推しは目がぱっちりで瞳がかなり澄んでいますし、鼻筋も(整形で)通っていますし化粧なくても顔の印象があるタイプなので普段すごくナチュラルメイクなんですが、コンサートだと舞台映えのためにいつもよりちゃんとお化粧されるんですね。
楽しみで仕方ないです。シャネルの粉やNARSのアイシャドーが乗る世界一うつくしい顔面、最高。ブランド×ブランドはさいきょーですし!(ヴァンピィちゃん)




真面目な話してたのに結局推し最高みたいな話になってしまった。
でも本当に最高です。言うならちょっと髪が短すぎる気がするのでイルコンまでに気合で髪伸ばしてきてほしいくらいですね。




わたしも髪染めたいです。ピンクブラウンのあと普通に黒染めしなきゃよかったなってメチャメチャ後悔してる。オタクでは後悔しないけど日常生活後悔だらけです。

もうコンサートスタッフのバイト全然行ってなくて、休んでみて思ったのは普通に意味わかんない労働環境だったなってことだけだったのでこれからも出ないと思います。お金稼げても労基法違反は良くないですよね。夏だとわたし本当に死ぬので遠慮することにします。




だからと言って髪染めが手放しにOKってわけじゃなくて、もう一つのバイトの方がトーン7らしいんですが金髪にしてえなー俺もなー!朝バイトは規定とかを聞かないままその場採用研修なしなので本当にわからないです。たぶん金髪はなし。



まあ似合わないからしませんが、そもそも何色が似合うのかすらわからない。とりあえず火曜に美容院駆け込んでボブくらいまでまた切るだけは切りたいです。1日目の服装がまるでメンヘラなのでメンヘラボブにしてもらおう。



誰かわたしに似合う色を客観的に教えてください。

物語の主人公は誰か?









コミュ障オタク、口を開けばオタクの話しかしないので今日もオタクの話をします。





この間までオタクとアイドルの間に存在する愛は仮想通貨みたいなものという前提でエントリーを書いていたんですが、件の本国3日間の間にそのアイドルにその考えを根本から揺るがすような発言をされてしまいました。


華々しく3日間の終わりを迎える、本当に最後の挨拶でグループのリーダーが話したことなんですが、このアイドルを応援している理由を悟ったとともに混乱に陥りました。


以下翻訳引用です。



「どんな素敵な言葉よりも正直な心の内を話したいので、思いつくままに話しますね。本当にありがたくて、愛しています。数百回も、もっと言ったと思うけど、本当に本当に心から愛していて、恩返ししなければいけないと、メンバーたち全員思っているんですよ」



最高。


オタクの本能が最高だと言っています。アイドルの挨拶としては間違いなく120点でしょう。


でもやっぱり困るんですよね。

そんな満点の答えを貰って何が困るかと言うと、夢を見るのをやめられなくなってしまうことです。



こんな事言われたら本当の愛だと期待してしまうじゃないですか。
ある種の諦観を盾としてオタクをすることが難しくなってしまいます。その愛を拗らせずまっすぐ受け止めるってどうやってやるんでしょうね?


某俳優が言ってた「まっすぐ受け止めてほしい」というのがどれほど難しいことなのかいま実感しています。誰かにとっての表が他の誰かにとって裏なことって意外と多いですよね。



しかもぶっちゃけ人に愛されることというのが分からない(厨二くさい)。人に愛されたような記憶がほぼありません。他人に好かれるって本当にあるんでしょうか?
拗らせ喪女、友達少ない、オタクの三重奏を奏でているのでわかりません。


でもアイドルが愛されるのはその輝きによるものですし、やはり普通に生きてるだけで愛されようとかそういうのがおかしいんですよね。分かってるんだけどな〜!





挨拶の話に戻りますが、勝手にこちらがアイドルを消費してその輝きを浴びているだけなのにほんとうの愛まで貰えるなんてアイドルほんとわからないですね。

確かに私たちが出しているお金のほんの一部が回り回って彼らの血肉になっていることもなきにしもあらずなのかもしれませんが、別にそれだって本人達が真面目に仕事をしているが故の報酬ですしね…



でも消費者と供給者という概念に還元して考えると確かに供給者は消費者がいなくては潰れるだけなので「買ってくれてありがとう」というのは納得できますし、そういうことなんでしょうか?



今回のツアー、本当に挨拶がみんな120点で、驚くほどくれたら嬉しい言葉しか言われなかったんですよ実際。


「僕たちが輝けるのはカラット(オタクの総称です)のおかげなんです本当に。自分達は皆さんに力をあげたくてコンサートをしています」



とか、



「みなさんが僕たちをここに立たせてくれてるんです。ほんとに……ほんとに僕たちは何てことない存在なんですよ。僕たちを僕たちの人生の主人公にしてくれてありがとうございます。僕たちにとっても皆さん一人一人が主人公です。もっと頑張ります。」



とか、もうオタク冥利に尽きるというか、泣くしかできないですよね。最高。言葉選びからなにから全部最高です。



「僕たちを僕たちの物語の主人公にしてくれてありがとうございます」?最高。ほぼ全ての作詞作曲をこなすPDが言うことは違いますね。



言葉通り、彼らは主人公なんだと思います。
それぞれの人生の中で、実はその人生において主観を持った全員が主人公たりえるのですが、彼らは自分の物語のみを紡いでいる訳ではありません。


いわば番外編としてグループとしての物語を生きているのです。その番外編は、本編とは違い誰にでも作ることの出来る物語ではありません。

多くの人がその物語を認知すること、そして読み手がつくことこそがその物語を確かなものにします。特に概念的なものにおいては他人からの「存在する」という知覚がその存在を作り上げるからです。


番外編なので、その人の人生の全てを見ることはできません。それでもとても面白く、楽しい物語なのだと思います。

しかし同時にとても不安定で、未来のより見えないものでもあるのだと思います。そもそも全ての未来においてはっきりとその行く末を示すものがあるのか?と言われるとそれは否、なのですが。



しかし、彼らはその不安定で先の見えない未来に怯えながらもいざステージに出たらその板の上にしっかりと立って、スポットライトを全身で浴びて主人公を全うしてくれるからこそ「アイドル」であり続けるのだと思います。




青春のほぼ全てをつらい練習に捧げ、やっと報われたと思ったら擬似的な青春のど真ん中に13人で突然放り込まれても行く先を見失わず、自ら未来を目指せることがどれだけ難しいか。



それでも笑顔を崩さずステージに真面目に取り組むだけでなく、「〇〇にも挑戦してみたい」とか「〇〇を勉強中です」とか、そういう向上心すら見せてくれるアイドル、人間としてのキャパシティがメチャメチャ広いですよね。


彼らの目指す夢が一体どこにあるのか、実はオタクであるわたしも知らないことなのですが、その過程で叶えた夢がいくつもあることは知っています。この2年で本当に沢山のトロフィーを獲得しましたし、名声も評判も国内外から沢山得ましたが、その数字や声だけじゃ測れないくらい成長していることも知っています。


同期のグループの中では最も成功していると言っても差し支えないのではないでしょうか?
それでも彼らに慢心の文字は本当にありませんし、嘘じゃなく毎日成長しているんですよね。

爽やか、清涼、青春のまぶしさみたいなK-POPには比較的珍しい系統でデビューし、自主制作アイドルとして唯一無二の座を獲得した彼らですが「僕たちはまだまだなので」と言う姿は紛れもなくステージ上の戦士です。


そのハングリー精神が彼らに成功をもたらしているのだと思います。
「大人数グループでしかできないこと」「チームでしかできないこと」「個人でしかできないこと」全てを確立させ始めている推しグループ、きっと確かな未来をつかむのではないでしょうか?


本当に小さな事務所で、色々問題も浮き上がっているけど、それでも彼らと、それを支えるスタッフが彼らの物語の次のページをめくるのは確かなことですし、その隙間から輝きが漏れだしているのも知っています。



だからオタクがやめられないんですよね。生きているということは成長することです。

新鮮さもありますし、成長を見守るというのはやはりオタク活動として基本かつ非常に楽しいことなんですよね。生きているアイドルは毎秒新規描き下ろしです。

わたしが三次元アイドルに戻ってきたのはそういう理由もあるのだと思います。


こんなことを書きましたが、推しグループって今満18-22歳で構成されているんですよね。そうです、ほぼ同い年か下です。こんな怠惰な人間とですよ。


そんな子達が睡眠時間もろくに取れない中目もくらむようなステージをし、こんな素敵な言葉をくれるってとんでもないことじゃないですか?


確かに人生経験と踏んだ場数が飛び抜けて違いますが、それでも同い年の男の子達からこんな言葉が出てくることがまず驚きだし、心が優しすぎるし、アイドル以前にこれって人間性の問題なのかもしれないですね。


モーニング娘。のザ ピ〜ス!を思い出しました。『好きな人が優しかった(PEACE!)嬉しい出来事が増えました』、まさにこれですね。優しくなくてもいいけど優しかったらそりゃ嬉しいです。



お互いを思いやれるし、すごく礼儀がいいし、絶対調子に乗りすぎないし、オタクにも優しいし、オタク人生は長いですが、今までで一番、本当に最高のアイドルを見つけたなと思います。一年も応援してないのに早まりすぎですかね。


みなさんもSEVENTEEN、どうですか?顔のいい男が13人もいるので1人くらい好きな顔がいますよ(たぶん)。




推しグループの宣伝をしたところでそろそろ終わりにします。

本当に何の役にも立たないつまんない文章しか書けない。最初の方のエントリーの方がまだマシでしたね。

ブスは記憶に残らない








私事(?)ですが推しグループのツアーが始まりました。というかもう本国3日間は終わって来週にはさいたまスーパーアリーナという大舞台に立ちます。

困った。来月くらいのつもりでいました。見た目体重1tくらいあるし、顔メチャメチャブスだし、心構えもできていません。




こういう見た目の話をすると「向こうからは見えてないよ」って言われるんですけど別に推しの目に出来るだけ可愛く映りたいとか、思ってる人はまあいるとは思うんですけど、私はそうは思わないです。

じゃあ寝癖に部屋着で視界に入っても大丈夫か?って言われると違うんですが。



そもそもアイドルの記憶にブスなんて残りません。ブスは彼らにとって日常の景色だからです。ブスオタクを見慣れてるので、今更新しくブスオタクを見ても何も思わないと思います。

可愛い子の方が記憶に多少引っかかる可能性もあるかもしれませんが、別に彼らの記憶に引っかかったところで何もなくないですか?

わたしは彼らを記憶するけど、彼らはオタクを一つのまとまりとして、そのペンライトの輝きを景色として記憶する、それがお互いの「コンサートの思い出」になるんだと思います。それでいいとわたしは思うからです。




実際のところ、アイドルが可愛いオタクに構ってるのも知っていますし、サイン会で手が空いた時に可愛い子の方をチラ見しているのも見たことがありますが、まあそれはもう男の性みたいなもんですよね。こっちも顔のいい男に集ってるのでお互いの本能みたいなもんです。



話が脱線しましたがやはりわたしは彼らの記憶に引っかかりたいから、可愛いと思われたいから見た目のことを気にしている訳ではありません。


じゃあなんの目を気にしているのかと言うと、オタクの目なんですよね。


他人ってそんなに自分のこと見てないよって言うじゃないですか。



見てます。オタクは特に周りのオタクを気にします。周りのオタクの推しを確認したり、服装やら体型を見たり、顔を見たりします。

何故そんなことをするのかは個人個人によって違うと思いますが、同担拒否なら周りに同担がいないか確認、いたら見た目をチェックして心でディスり顔を覚える、同担拒否でなくとも周りのオタクと自分を比べて優位に立ちたいところはあるのかなと思います。


相手を「ブス」とか「デブ」とか言う時ってだいたい自分の方がマシだと思ってる時だと思うんですよね。そういうつもりがなくても心の奥で蔑んでる人もいると思います。


オタクってすぐ晒すと思うんですが、理由は様々でも晒されたオタクが最終的に投げられる言葉は高確率で「ブス」です。

これってオタクがやたら他のオタクを気にしてる根拠の一つになりうると思うんですよね。



わたしはそういうの怖いし、そもそも「こんな生ゴミと見分けのつかないオタクが推しについてるんだ」とか思われたくないです。

アニメイト中学生が0で橋本環奈が10000だとしたら見た目に気を使うブスオタクは12くらいです。

でも0よりは12じゃないですか。ないよりある。
そもそも多々あるオタク悪口の中でブスだけは整形以外で直せないんですよね。それはもうしょうがないので、痩せるとか、可愛い服を着るとか、メイクでごまかすとか、他を磨くしかありません。

それが見た目に気を使うブスのメカニズムだと思います。



そういうわけで1週間で10kgくらい痩せようと思います。本当にできたらそれでブログ書いてアフィで稼ぐ。

でも本当に今意味もなく大量に食べることがよくあって、摂取カロリーが鬼のような数値になっているのでどうにかしたいです。肉切り包丁で足の肉などを削ぎ落としたい。



ここまで書いて思ったけどこんな尤もらしいこと書いてる人間メチャメチャ救いようのないブスなんですよね。読める人はわたしの顔知ってる人ばっかりだし鼻で笑ってください。








ここからは全然関係ないオタクの話をします。Twitterで140字ごとに投稿するのがめんどくさいオタクのことしか言いません。メモです。






推しが薄紫頭になってるんですが、あんまり似合ってないというか、まあ顔が世界最強に可愛いのでなにしても顔がいいんですけど、金髪の時よりは微妙なんですよ。


そもそも顔がいいし、灰青のカラコン入れてた時はもうドールかな?って感じだったんです。でもなんか違う。



白金の髪が当たりというよりもう場外ホームランみたいなレベルで良かったのもあるのですが、似合わないものもあるのかと思うと推しに人間みを感じましたね。

美容について全く詳しくないのでわからないのですが美容垢がこぞって言うイエベとブルベが関係してくるんでしょうか?


しかも紫頭なせいでいつもはピンク担当なのに今回水色なんですよね。

ピンクの方が似合うと思うので早急にピンクを割り当ててほしいです。ピンクを着ている顔のいい男が好きだというのもあります。


日本来るまでに髪色抜けたりしませんかね?毎日韓国の事務所方面に向かって髪色が抜けていく呪いでもかけようかな……でも珍しく本人がやりたいって言った髪色なので甘んじて受け入れたいと思います。オタクなので。



そもそもブリーチかけすぎて頭皮痛んで髪が溶けて毛根近く染められないくらいなのに紫を強行突破した推し、以前も髪を伸ばすなどでメチャメチャ負担をかけているのを考えると将来的な毛量が心配になるので髪はいたわって欲しいです。


推しがハゲたらどうしよう。
ハゲるまでアイドルやらないと思うし、今回雨に濡れた時の毛量は大丈夫そうだったんですが、要らぬ心配をするオタクなので…



当方毛量には自信がありますしいざとなったら毛根の提供も辞さない覚悟なので事務所はヤバイなと思ったら早めに連絡ください。そもそも毛根って他人から移植できるんですかね?できなそう。





あ〜本当にコンサートなのやばいな〜〜困ったな〜〜

最近とても涙腺が緩くてオタクのことですぐ泣いてしまうんですよね。歳をとったからなのかそれほどに好きなグループが初めてなのかは分からないんですが、本当に幸せすぎて泣くことがメチャメチャよくあります。


MVを見て泣き、ステージのイントロで泣き、発言で泣き、思い出して泣き、レポで泣き、みたいな感じです。

前回のコンサートも神戸という異国の地(?)で1人うちわを抱きしめて泣きました。怖っ。顔のいい男のうちわを抱きしめて泣く世紀末ブスを想像してみてください。メッチャ怖い。


しかもその後1人でホテルに帰るまでは幸せハッピッピだったんですが、ホテル着いた途端幸せすぎて鬱になり泣きながらお酒を飲んで虚無になっていた記憶があります。

神戸に旅立つ前は友達に「感想電話するね!」とか意気込んでたのですが全くそんなこと思い出しもしなかったですね。





てか明日来日らしいです。え?早くない?休む暇もないやん。1日くらい死んだように寝る日をとって欲しいですね。
とりあえず顔のいい男が吐く息が13人分増えることになったので、明日から息を多めに吸い少なめに吐くことにします。

いや〜〜人生楽しいな!推しがいるって素晴らしい。世界がきらめいて見えますね。

きらめくといえばKING OF PRISM。
KING OF PRISM-PRIDE the HERO-は全国の映画館で好評上映中です。とてもいい映画なので是非。



思いついたことそのまま書いてるから過去エントリー一教養のなさそうなブログになってしまった。ダラダラ書くのもあれですし、そろそろ終わります。



ps 来週の水曜と木曜を永遠に繰り返せる魔法をお持ちの方、方法をご存知の方がいらっしゃいましたらご連絡ください。

オタクが推しを殺すということ









アイドルに限らずですが、ファンと総称される人間の集まりの中では必ず「にわか」と呼ばれる層が存在します。

にわかの程度は人によって違い、一概にこういったファンはにわか、と定義付けるのは難しいですが、簡単に言うと「一時的なファン」という意味です。


今ではそのコンテンツが流行ってから好きと言い出すこと、それ自体が「にわか」と呼ばれることが多いようです。




そして「にわか」と呼ばれる層は元来ファンであった一部の人間から非常に毛嫌いされます。


にわかを毛嫌いするタイプのオタクがだいたい口を揃えて言うのが「遠くに行ってしまった」とか「にわかは昔のことを知らない」とかそういう類の言葉です。


要するに、それまでは閉鎖的かつ狭いコンテンツであった推しにある種の独占欲のようなものを抱いているということですね。

推しとオタクが歩いてきた道にも同じような気持ちを抱いているのだと思います。



大切にしていた宝物を突然共有物にされたような気持ちなのではないでしょうか?

推しというコンテンツが余所者に土足で踏み荒らされている、くらいに感じるのかもしれませんね。



こういうことを言い出すのは比較的若めのファンに多いように思います。

非常に排他的な思考ですしコンテンツの成長を妨げる可能性もあるためあまり賛同できた意見ではないとは思いますが、そういった意見の人たちも単純に推しが好きだからそう言うんですよね。


にわかの人たちに、簡単に好きだと言って欲しくないんだと思います。
自分たちが顔だけじゃなくてパフォーマンスもバラエティーも、たくさんのものを見てきて積み上げた「好き」と同列に並ばされるのが嫌なのではないでしょうか?


そのコンテンツが好きだといえば誰だってファンになれるからこそ同じ「〇〇のファン」として括られたくないんだと思います。





確かに「好き」に含まれるものが違うのかも知れませんが、いわゆる好きの重さ、というのは誰だって0gからがスタートです。


にわか嫌いによくかけられる言葉が「誰だって最初はにわか」ですが、全くその通りだと思います。
ガチも在宅も最初はにわかです。大体「気になる」からオタクは始まるからです。


そしてその「気になる」状態のファンを「好き」に成長させるのはアイドル等々、本人のお仕事です。もちろんうまくいかないこともありますし、「気になる」は「気になる」で終わることの方がきっと多いのだと思います。




こうして、多くの「気になる」が「好き」になることでそのコンテンツはさらに成長していきます。動員もそれに伴った金銭的な面も、話題性も全てが伸びていくからです。

そういった意味で「気になる」状態のファンを沢山つけることはコンテンツにとって必要不可欠と言えるのではないでしょうか?




だからと言って「好き」状態のファンが蔑ろにされるのか?というとそうではありません。必要という言葉でまとめるとそう感じるかもしれませんが、「好き」と「気になる」は別ベクトルでどちらも必要となるのだと思います。


 
つまり、大袈裟な発言になりますが「好き」状態のファンが「気になる」状態のファンを拒否することはそのコンテンツを殺すことに繋がりかねないんですね。


一部の若いオタクの言うことが絶対になるわけでは全くありませんし、その効力なんて一切ないのですが、そういう言動が「〇〇の現場は怖い」という印象を与えることになります。



そうして新規がつかなくなったコンテンツは終わりです。あとは廃れていくしかありません。
坂を登るのは辛いのに転がり落ちるのは一瞬です。怖いですね。




そもそもにわかがいるから「人気上昇中」という状態になれると言っても過言ではありませんから、そのコンテンツの未来的には重要な存在になってくるのだと思います。






上記のような意見では独占欲どうこうに対して説明はできませんが、まあどういう場合であれ大体好きには独占欲がつきものですよね。誰にでもあるものなのだと思います。

単純にそういった欲の強さの差と、前面に押し出すか否かといった判断の差なのではないでしょうか。





メチャクチャにわかディスりをディスっていますね。今日は個人的思想がいつもよりさらに強いです。
しかもよく考えたらにわかディスりの方もファンなのでわたしがそうやって批判するのは同じ穴の狢みたいなものですよね。でも書きます。





話が逸れましたが「わたしだけが知っていればいい」という思想はオタクごとには役に立ちません。恋愛ごとには多少役立つのかもしれませんが、その「好き」とオタクの「好き」は殆どの場合違った種類だからです。ガチのリアコちゃんは別です。



コンテンツがもっと輝くところを見たいならお金を出し、声を上げ、動員が増えることに過剰な拒否反応を示さない必要があるのだと思います。





推しグループのコンサートのCMで「前回のコンサートでは〇万の発券数に対して〇万の応募がありました!」などと謳っているのですが、これこそ動員数を見せることでファンではない人にも「このコンテンツは人気なんだ」と思わせ、気にかけさせるようなやり方なのだと思います。





やっぱり平たく言うとコンテンツに必要なのは動員と金なんですよね。応募数にせよ売上にせよ音楽番組などでの投票にせよ、数字を出さなければいけません。


どこぞのブラック企業のような物言いになってしまいましたが、数字ってやっぱり誰が見ても明確なのでコンテンツを比べる際に非常にわかりやすい指標になるんですよね。





コンテンツがアイドル前提の話をすると、どのアイドルも死ぬ気でレッスンして、辛い思いもたくさんして、ろくに睡眠も取れないまま活動をこなしていますが、そういったいわゆる裏の努力というものは見せるものではないと言われますし、もちろん数字化もされません。

表舞台だけを見た人間によって大方の評価は決まります。裏舞台の一部を垣間見ることが出来るのは、基本的にそのオタクになった人だけだからです。



そういう意味で、努力は必ず報われるわけではないんだと思います。
頑張っても数字を得られなくて消えていったアイドルは山ほどいるからです。



しかし、全てのアイドルが横1列、手を繋いで一緒に走ろうというわけにはいきません。アイドルも商売だからです。
そうして「人気」という指数が生まれ、アイドルはその頂点を目指すわけですね。


アイドルはオタクの山の上に立つ存在ですが、その高さを増すにはもちろんよりたくさんのオタクが必要になります。ここで前述の通りにわかの存在が大事になってくるわけですね。



にわかは山の一部になるかならないか、まだ決めかねている状況にあります。


そのにわか候補は増えれば増えるほど、確率的に山に吸収されていく子が増えるのだと思います。そうしてその高さはさらに増えていくわけです。そういった意味で、そもそもの高さを保つために元々のオタクが必要となる上、にわかの存在も非常に大事になってきます。


もちろんにわかが全員にわかで終わるようなコンテンツは所謂「オワコン」として廃れていきます。






だから、オタクはにわかを許容する必要があります。
さらに言えばにわかだけではなく、オタクの数だけオタクの形があるということを理解すること自体が大事だと思います。



それが推しの輝かしい未来に、そしてオタクの未来にも繋がっていくのではないでしょうか。














(余談。ものすごくどうでもいいです)


このにわかについての話は、先日動画配信サイトにて無料で推しグループの日本でのコンサート映像が放送された時のコメントから着想したものです。

実際「にわかが増えるのが嫌」とか「にわかやめろ」とかそういうコメントが多数流れていました。
無料サービスはどうしても人間の質と年齢が下がるものなので仕方ないですが、あまりにそういう発言が多くて驚いたので今回の題材として筆を取りました。


読み返してみたら幼稚でブーメランな個人思想満載、しかもやたら長い文章だったんですがせっかく書いたので載せます。





さて、話は変わるのですが、ここからが余談で言いたかったどうでもいいことになります。


そういったコメントが流れるタイプの無料動画サービス(Youtubeニコニコ動画と言った類)でよく現れるのがいわゆる「年齢厨」という存在です。
小学生〜中学生に多く、誰も聞いていないのですが自分の年齢を申告してくる人間ですね。
例:小3だけど見てます 12歳の人挙手ノ(ほぼニコ動やんけ)
そして高校生くらいの人間が「年齢厨消えろ」「お前らの年齢は聞いてない」などとコメントするまでがテンプレです。ここテンというやつですね。





その配信にももれなくいたのですが、その子たちが「05line(12歳)」とか言っているのを聞いて目ん玉飛び出るかと思いました。そんなん赤ちゃんやんけ。



ネットワークの進歩のおかげでしょうか、世の中小学生でも外国のアイドルに興味を持つんですね。死ぬほどびっくりしました。




自分はもう若くないとはいえまだババアとか言っていい歳でもないと思っていますが、さすがに12歳とか言われたらビビります。
推しの顔ばっか見てないでもっと周りに視野を広げるべきなのかもしれませんね。





それだけです。
せっかく本編をいい感じにまとめようとしたのですが余談が冗長になりました。

そういう人生です。ドンマイ。






期待するオタクとその妄言








「私たちが握りあってる手を離さず、今までのようにお互いだけを見つめて信じながら永遠にいよう」




この文章、韓国のオタクが推しグループに向けて書いた手紙の中の一文なんですけど、はじめて読んだ時からこのフレーズが頭から離れないんですよね。




こういう文章をサラッと書ける才能が羨ましいのもありますし(翻訳ではありますが)、単純に感情を揺らされたというのもあるのですが、何より「お互いだけを信じて」という言葉の観点が気になって仕方がないからです。



韓国のオタクもアイドルも「お互いだけを信じていよう」ってよく言うんですけど、これってちょっと怖さを孕んでいると思いませんか?

でもそれと同時に最大級の幸せもそこに存在してると思います。





わたしたちはオタクなので彼らの未来に期待しています。

これからのお仕事とか、新曲とか、歌やダンスの技術の向上とか、新しい才能の開花とか、そういう先々の見えないものに夢を見ているんですね。




夢とか期待ってものすごく煌びやかで眩しくて、すごく素敵なものだと思うんですけど、同時に儚くて不安定なものでもあるじゃないですか。

全てが想像通りに進めばなんにも困らないんですが、現実問題そうはいかないわけで。



そもそもうまく行くなら夢とか期待っていう概念は存在し得ないと思います。





じゃあなぜオタクはアイドルに期待するのか?というと、それは今までの彼らの活動が生んだ信頼からくるものだと思います。


ステージの完成度が高いとか、抱いていたイメージが守られているとか、レスをくれたとか、そういう見えない採点に合格した時、オタクはアイドルを応援することを決めるんてすよ。





その「推せる」の気持ちが正しく信頼だと思います。





オタクは勝手にアイドルを信じるし、勝手に夢も希望も抱きます。

そしてその夢の上でアイドルは歌って踊るんですね。





オタクは夢を抱きながらもその夢が壊れてしまうことを恐れていますが、実はアイドルも同じく夢を壊すことを恐れているんだと思います。
オタクが自分に期待していることを知っていて、「期待に応えられなかったらどうしよう」という不安を抱くからです。





最初の文章で「お互いだけを信じて」とありましたが、じゃあオタクが信じるのはわかったけどアイドルは何を信じるの?と言うと、その答えは前述の“アイドルの抱く不安”にあると思います。




不安を抱いたところでアイドルは前に進まなくてはいけません。
しかし前が全く見えない状態で進むのか?といったらそうではないと思います。



その時に出てくるのが「期待」であり「信頼」です。

これまでオタクがついてきたという事実からオタクを信頼して、これからもついてくるという期待をして、その希望を道標として踏み出すんだと思います。






前述の文章を書いた人は同じ手紙内で「わたしたちが照らす道だけを歩いて」とも書いていました。
アイドルは間違いなくオタクの光ですが、オタクもアイドルの光となれるのでしょうか?



わたしはそうだったらいいなと思います。

わたしたちが照らす道がいつでも彼らにとっての花道であったらいいなとも思います。






アイドルはよく「皆さんのおかげ」とか「ファンに支えられている」と言いますが、それは金銭的な意味だけではなく上記のような意味もあるんじゃないかと思います。





そもそも、オタクの存在がアイドルを「アイドル」にするのではないでしょうか?



多くの人がある子を「アイドルだ」と思うことでその子は初めてアイドルたりえるんですね。どれだけいいステージをしてもその子のことを誰もアイドルだと思わなければ、その子はただのパフォーマンスがうまい一般人です。
 




オタク側が言うのはとてもおこがましいんですけど、これは事実だと思います。
わたしはそう思います。

(だからどうとか言うわけでないですしこの逆も然りですが)





某48グループの総選挙で、あるアイドルがスピーチを「アイドルにしてくれてありがとう」と締めたようですが、これ本当アイドル史に残すべきじゃないですか?そんなこと推しに言われたらその日はずっと泣き続けます。これは余談。





もちろんこのわたしの思考もアイドルへ抱いている期待からくるもので、実際はそんなことないのかもしれません。

ただのリップサービスを、そう勘違いしてるのかも知れません。



もっと言えば騙されてるのかもしれません。でも、もしそうだとしても、わたしは騙され続けるのだと思います。

知っていて騙され続けるのも、また応援の形なのだと思います。






相変わらず思いついたことを箇条書きのように書くので話が脱線していますが、「お互いだけを信じる」というのはそういうことなのかなと思います。




「だけ」というのがちょっと気になりますが、そこに突っ込むと韓国アイドル界の闇を覗かなくてはならなくなりそうなので触れません。


結局オタクが一方的にアイドルを消費しているようで、アイドルありきのオタクで、オタクありきのアイドルなんだと思います。
そういう意味でも「だけ」なのかもしれませんね。





自分はアイドルではないので真実はわかりませんし、この問いかけにはアイドルの数だけ答えがあると思いますが、わたしはとりあえずオタクとしてこれからも推しに期待しつつ、変化を恐れながらも生きていこうと思います。





とりあえず目先で怖い変化は推しが鼻の整形を事務所の指示でやり直すことですね。
今クリニックを変えたのか数年の迷走を経てメチャクチャいい感じなのでそのままキープしてほしいです。頼むよ。


最後の最後でどうでもいいこと書いてしまった。でも結構切実な望みです。

 




最初から最後まで妄言ばっかですみません。

読んでる人の中にもしアイドルがいたらもっとごめん。知ったような口ききましたがキモオタクの言うことだと思って流してください。


エンジョイオタクライフ







エントリー読み返したら激重オタクでちょっと笑ってしまった。推しと言語が違ってよかったと思いました。



ここまで書いて何書こうかと考えていたのですが、じゃあ言語の話をします。




今の推しは国が違って、わたしが語学を大して習得できていないうえ知識もないから言っていることはもちろんその些細なニュアンスや雰囲気、文化に基づいた風潮みたいなのが全くわからないんです。


要するに表面上の意味しか汲み取れない。



でもその「分からない」のうちに知らない方がいいことって結構たくさん含まれてるのかなと思ってるんですよね。

 


もちろん分かった方が楽しいこととか面白いことはたくさんあると思いますし、そもそも推しの言ってることが理解出来るのはとても嬉しいことだと思います。

結局わたしは韓国語を履修していますし(あんまり出てないけど)、文章をほぼ辞書だよりで訳しながら単語や文法を覚えようと試みたこともあります。

だから前述みたいな気持ちが分からないとかではなくて、オタクとしての意思は完全にそちらにあります。





前にも書きましたが、知らないことは必ずしも罪にはなりません。
それが別言語の学習を必要とするものなら尚更他人に強制されるものではないと思います。


別にK-POPのオタクでも韓国語がアニョハセヨとサランヘヨしか分からなくたっていいんですよ。それだけで推しに気持ちを伝えられますし、向こうからの愛の形をしたなにかも受け取れます。叩き売りのようなサランヘヨもオタクにとっては宝物です。





話がどんどん脱線していっていますが、わたしは語学ができるようになりたいなあと思いつつも語学やそれに伴った文化を学ぶことで今まで見えていなかったグレーな部分が見えるようになってしまうのを恐れています。




語学に限らず知識って眼鏡みたいなものだと思うんです。知識を身につければ身につけるほど見えるものは増えていくと思いますし、ぼやけていたものも鮮明に見えるようになると思います。


でも見えるもの全てが綺麗なものであることは絶対ないと思うんですね。


じゃあ綺麗なものだけを見るのが正しいのか?というとそうではないし、むしろ綺麗でない部分を学ぶことこそ学習であり知識を得ることだとも思います。



でもわたし、オタクなんですよ。



何より先に推しが好きなオタクなんです。



好きなものの嫌なところを積極的に見たいですか?
人生を誓い合う人のことならまだしも、勝手に愛とお金を注いでる人間の悪いところも含めても愛したいから、知りたいからって掘り返したいと思いますか?




わたしはそうは思わないです。見なくていいなら見たくないです。
可愛い推し見て可愛い!ってなって、それで終わりでいいです。



趣味はあくまで趣味ですし、そういった人生のオプション要素で悲しいことをわざわざ考えたくないからです。



あくまで趣味は人生をより鮮やかに彩るものであって、自分が余計辛い思いをするためにあるわけじゃないと思うんですよ。



取捨選択可能な辛さをわざわざ受け入れる気はわたしにはないですし、推しのことを思って傷ついてるみたいな感傷に浸る気もないです。


特に趣味では、常識の範囲内でならいくらでも自分本位でいていいと思います。
自分のためにあるのが趣味だからです。




だからわたしはある意味お花畑オタクでいたいというだけで、推しのことをなんでも知りたくて情報を掘り、ダメージを受けつつ好きでいるのも、何も知らずに表の顔だけを好きでいるのも個人の自由ですし、他の人間が干渉すべきことではありません。

他人に迷惑をかけなければどういうスタンスでもそれは尊重されるべきです。





リアコも茶の間もゆるふわも、その見えない許容性の上に存在しているんだと思います。
オタクの生物多様性ですね。




前述の三者は特にオタクの中でもそういうスタンスというだけで叩かれがちですが、実際に現場で大人しくしているのに叩かれるのはよく分からないなと思います。




まあ大体は何かしらやらかしてるんですけど、叩くことそのものに喜びを感じるというか、カースト的に一つ上にいると思ってしまう人も多くいますよね。



いわゆる愚痴アカの文化が広まったあたりからそんな雰囲気が強くなったなとは思います。
恐ろしいですね。現代のネット文化を色濃く反映していると思います。




何かをやらかしたら叩かれて然るべきだとかそういう事ではありませんが、気に入らないから罵声を浴びせかけるとかマイナスイメージになるようなことを吹聴するとかはもってのほかだと思うんですよね。



そもそも他人を吊し上げて匿名で批判を投稿することで地位が上がったと勘違いしているならそれは早めに正した方がいい価値観だと思います。
批判している人間は必ず自分はそうではないと言うと思いますが、そういった人間は結構多くいます。




愚痴アカに限った話をすると、そういったブームが来てアカウントが乱立し始めてからそういう人間が増えたふうに思います。

ましてや愚痴垢を持っていることがステータス、流している情報を知っていることがステータスというように思っている人も多くなったのではないでしょうか?




怖っ。普通にその神経が怖い。
(愚痴アカや情報アカが好きではないので気を抜くとディスってしまう)




愚痴アカどうこうに限らずネットが普及した今、匿名で発言をすることが非常に容易になり直接は言えないであろう内容を赤の他人に投げかけられるようになりましたが、そういった場所だからこそ他人を許容することを求められていると思います。

もちろんそれは常識の範囲内で行うべきことで、全てを許容していたら混沌が生まれてしまいますが。




他人に一方的に求めるだけでは物事は成立しません。それは物品や感情もそうですし、許容もその一部だと思います。全てはギブアンドテイクなんですよね。


 


それっぽく書きましたがよく考えたら当たり前のことです。頭が悪いので真面目っぽいことを書けると調子に乗ってしまいます。





どちらにせよ広い心は大事ですね。推しもオタクも許しあって生きていきましょう。




考えがあちらこちらに飛ぶことで有名なので言語の話からオタクのあり方の話にシフトチェンジしてしまいましたが、要するにオタクライフ楽しく行こうぜということです。以上。閉廷。




毎回長々書いていますが推しへのブログコメントが基本的に推しのブログの長さに関係なくスクショ1枚で収まることがないと有名なオタクなので察してください。



普通に気持ち悪いですね。
顔面も喋り方も気持ち悪いのにオタクとしてのあり方も気持ち悪い。

悲しくなってきたから2017年下半期はまともな人間になることを目標にしよう。




今度こそ終わりです。
なおこのブログの記述はすべて個人の見解によるものです。イラッと来たらごめん。